甲佐町の文化財探訪 「早川の宝篋印塔(ほうきょういんとう)」〜平成30年5月号
更新日:2018年5月1日
「早川の宝篋印塔(ほうきょういんとう)」
早川の薬王寺と西福寺を直線で結んだほぼ中間地点の竹林の中に、約3mの高さの宝篋印塔(ほうきょういんとう)が西向きに建っています。傍らには平成21年度に建てられた文化財標柱があります。標柱には「宝篋印塔は、元々経典(きょうてん)を納める塔であったが、鎌倉時代になると、供養塔(くようとう)や石碑(せきひ)として作られるようになった。この塔は隈庄合戦(くまのしょうかっせん)で戦死した早川城主・渡辺休雲の墓碑(ぼひ)と思われ、永禄八年(1565)に建てられた」とあります。当時は竹も生えていなくて、地域の人々も日々拝む対象だったと思われます。
また、宝篋印塔の右側には小さな板碑(いたび)が建っています。板碑に刻まれた文字は「●●生(正)室大姉之●」と読めます。最後の●は「墓」という字だと思われ、「大姉」の文字から、女性の墓だと考えられます。年代は苔(こけ)がひどく、「年」の字のみ判読(はんどく)出来ました。この板碑は、今後あらためて調査を行い、文字や年代を特定し、宝篋印塔との関係も検討する予定です。
文責・甲佐町文化財保護委員 石坂 妙(吉田区)
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